メイド部の小説部屋
狩人様の小説を載せてもらっています。 メイド部最高〜!!w
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第3話「首都中枢死闘メイド」
脊椎節足類…本来外骨格で肉体を支える節足動物が、体内に脊椎を持ち巨大化した存在。
普通の節足動物は陸上に於いて下手に巨大化が出来ないが、こいつ等は節足動物としての欠点を解消し、今やあらゆる生物を凌ぐ最強の生物群と言っても過言ではない程に昇格している。
そもそも節足動物が陸上に於いて巨大化出来ない理由は複数ある。
まず1つに、連中には脊椎動物の様な内骨格が無く、体の外皮がそのまま骨格の役割を果たしている。蟹のアレは鎧というだけではないのだ。
そういうわけだから、陸上の節足動物が巨大化するにはこの外皮―外骨格を強固にする必要性がある。さもなくば重力に勝てず潰れてしまうからだ。
しかしこの外骨格にも限界は存在する。
外骨格―別名「クチクラ層」は確かに、深海の水圧にも耐える程強固なのだが、それでも強度には限界というものがあり、巨大化するにつれて外骨格は次第に厚くなっていく。
地上で節足動物が人間を上回るまでの大きさになると、薄ければ潰れてしまうし、逆に厚ければ強度は問題ないが、主の五臓六腑―内臓器官を格納するスペースは小さく、狭くなる。
内臓器官が小さいという事は、つまり少食で一度に大きな呼吸ができないという事であり、つまり巨体を維持するだけのエネルギーが得られないという事になる。第一体重が重くなってしまい、動けない。
ある学者の話では、全長1cmの蜘蛛を牛サイズにするだけで既に立つのが精一杯の、動けないナンセンスな存在になってしまうというのだから相当だ。
これらの欠点を、連中自身ではなく環境的条件によって解決するという手段もある。気温・湿度と大気中の酸素濃度が現在より上がれば良いのだ。気温・湿度は熱帯雨林程度、酸素濃度は30%もあると条件が満たされた事になる。
現にこれらの条件が満たされた嘗ての地球では、マムシ超えのヤスデ、猫超えの蠍、サギ越えのトンボ等が跋扈していた事があった。
しかし、こういった環境が長く続くわけも無いので後にこれらの種は絶滅し、昆虫類は一度小型化の道を歩むのだが、ある一時期を境に、何かの法力が作用したのか内骨格を持ち異様に巨大化した節足動物が出現する。その子孫が脊椎節足類である。
元々節足動物が飛竜や魔獣類に匹敵する文明の脅威にならなかった理由は単純に「小さいから」だけであり、小さくとも文明の脅威となる節足動物は無数に存在する。
捕食性の蟲が巨大化するということは、つまりそれらの餌も蟲に併せて巨大化するという事だ。
要は脅威以外の何物でもない。
だからこそ馬鹿ではない国連は脊椎節足類への対策を発案した。時代が進むにつれて世界各国の学者により分類が成され、それを狩る専門のハンターまで正規の職業として認定を受け、訓練施設まで出来る始末。東都総合大学付属高校にも『蠱類狩猟科』という学科があり、授業は戦闘訓練と生物学が中心である。(その上、知識系と肉体系と両立系の3つのコースがある)
学術的分類ではないが、ハンターやマニアの間では住処によって「地上種(地上に住む)」「空圏種(高い飛行能力を持つ)」「水圏種(水棲。大形が多い)」「地中種(地中に住む種)」「管状種(単純な肉体構造)」という分類がされている。
さて、現在黄龍達が対峙しているのは、ハンターの間では地上種に分類される大形肉食脊椎昆虫・テンジクツブシ(ハンターやマニアによる通称。学名はキシンシニクアサリで性別は雄)である。
『西遊記』にて語られる仏の中枢・天竺にさえ力尽きる事無く辿り付き、無差別な破壊活動と殺戮の限りを尽くしものの半日で残骸の山にしてしまう程に恐ろしげな外見と戦闘能力から、とある百戦錬磨の中国人ハンターにより名付けられた、その異名。
それが物語るのは、圧倒的な破滅以外の何物でもなかった。
黄龍から語られた作戦。
それを実行する為、それぞれが適切な位置に移る。
テンジクツブシは表情無く、メイド部は表情辛く。
両者、一行に動く気配はない。
否、両者ではない。動く気配が無いのはテンジクツブシの方だ。
メイド部一行は、動く気配がないのではない。動けないのだ。
黄龍は蟲をじっくり見たことなんて殆ど無かった。
小さい頃は野外で遊んだので虫も見てきたが、じっくり見るなんて事はしなかったし、小学校の頃両親と雑木林まで行って取ってきたオオクワガタだって、その頃は只格好良いとしか思っておらず、観察する事などまるで無かった。
他の部員達も、指揮官である黄龍が動かない事には動きようが無い。
つまり、全てはテンジクツブシ次第という訳。敵に期待するなどどうかと思うかもしれないが、一歩間違えば死ぬ戦いだ。
決して油断は出来ない。
既に部員以外全員が非難した中、2分の時が流れた…。
そして、次の瞬間。
グゴ…
テンジクツブシの右前足が、動いた。
それと同時に、刀を構えたまま動かなかったジョーカーが、跳ね上がる。
「ッイア!」 タンッ!
ジョーカーは蟲の胸部に飛び乗り、頭へと全力で峰打ちを見舞った。
ガギィン!
弾かれた。しかし、これは予想通り。だからこそ峰打ちにしておいたのだ。こんなに硬い外皮に斬撃を放っても、ただ刃が劣化するだけだからだ。
剣術に優れ、海外で剣術や殺陣を教える父に、幼い頃から真剣を握らされていたジョーカーだからこそ、その事は良く知っていた。
ゲームで自分の剣が弾かれる事はあったが、まさかこんなにも自分の手に跳ね返りが有るなどとは思っても見なかった。
「(く…こいつぁ結構キツいな。挑発すりゃ良いんだからもう少し加減しときゃ良かったぜ…)」
ジョーカーがそんなことを思っていると、期待通りの結果がやって来た。
「VOAa?」
テンジクツブシの、驚愕と苛立ちの交じり合った呻き声が聞こえて来たのだ。
大きなダメージこそ無かったものの、やはり頭を金属で叩かれるのは不快らしい。
しかし地中行動に特化したテンジクツブシの脚では背中のジョーカーを払えない。これは相当腹が立つだろう。
特に、今戦っているこいつは普通のテンジクツブシではない。その頭脳は既にテンジクツブシな訳が無いのだ。
何せコイツは既に死んでいて、ただ頭上に咲く真紅の花に操られているだけなのだから。
そう、その頭脳はすでに憑依樹のそれなのだ。憑依樹の頭脳は人間やそれと同等の種族に匹敵する。
つまり、こいつが自分の頭をぶっ叩いたジョーカーに対して抱く怒りと、それを払えない事に対する怒りは
我々のそれに、等しいのだ。
案の定テンジクツブシは怒り狂ったが、自分の間接では如何する事も出来ない。
それが更に、こいつの集中力を狂わせる。
「GOOOOGAAAAAAAA!!」
怒り狂ったテンジクツブシは身体を上下左右に激しく揺すってどうにかジョーカーを振り落とそうとする。
「うをッ!やべぇ!落ちッ…落ちる…!
てめーら、早くしろ!俺が死ぬ!」
何と自己中心的な発言であろうか。
しかし怒ってはいけない。これがジョーカーという男なのだ。
これでも法術剣士科での成績はトップだし、既に東総大進学と(問題が無く成績が余りにも悪くなければ)卒業後欧米の有名な対竜種部隊「ジークフリート」日本支部に配属される事まで決まっている。
「判っている!というか待て!
…炎術『大隊発火』!!」
シュゴォアァッ!
黄龍の突き出した平手から勢い良く火炎が吹き出る。
それはテンジクツブシの顔面に直撃した。
幸いジョーカーは急いでその背から飛び降りて無事だった。
「NVOOOOOOO!!!」
黒い甲虫の全身は勢い良く燃え上がった。
宛ら全長20mの火達磨といったところか。大した捻りも無く申し訳ない。
「殺(と)った!」
そう叫んだのは美桜であった。しかし、
「いや、殺ってねぇ」
そう言ったのは相柳。
どちらの発現が正しいのか?
それは時間が照明してくれた。
炎は時間と共に弱まっていき、そこにあったのは何の変化も無くただ生き続けるテンジクツブシの姿であった。
「嘘ぉぉぉぉぉっ!?部長の攻撃系参号術式中最強の『大隊発火』でも焼けてないってどんだけ頑丈なのよ!?」
とは真麻。
「それどころか焦げ目一つ付いてないとか反則だろ?」
とはウェラ。
「そーちゃん、これってばどういう事!?」
とは美桜。
するとその美桜の問いに答えるように、
「そりゃそうだ。
こいつの甲殻は凄まじい強度と美しい外観を併せ持つが故、如何なる状態であっても市場相場は最低でも15万円程度。傷だらけでも1万円、破片や粒子の1つすら5000円を超える。
その上密封すれば摂氏5700度とか太陽の表面にも匹敵する高温も、この世の最低気温である-273.5度も通さない。放射能なんてのも持っての他で、加工は国連特秘の法術或いは特殊な工作機械によって行われるためこれを加工できる技術者は早々居ない。
装飾品や武器・防具としては勿論、建造物や工業用の機械類にもなり、多くの車両にも使われている。
戦車・戦闘機・戦艦・装甲車等、先進国の軍用機体ではあの外皮を装甲にしたものがかなり出回ってるんだぞ?
テレビCMでもよくやってねぇか?
テンジクツブシの甲殻4枚で正四面体作ってそん中に金魚の入った金魚鉢入れたら完全密封。
溶鉱炉ン中3分沈めたりマグロ用冷蔵庫に10分間放置したりするアレ」
とは相柳。
「あー、自動車会社のナンバがよくやってるアレね」
「そこまで凄いというのに絶滅しないとは…それだけ強いという事か…」
「よくわからん」
「俺、所属蠱類狩猟科の両立コースだから」
「「「へー」」」
「「いいからテメェ等さっさと戦え!」」
「「「「はーい」」」」
放置されたのが相当頭に着たのか、テンジクツブシは勢い良く前足で雑談していた4人に殴りかかる。
しかしそれに早々と気付いた各自の行動は適切なものであった。
まず美桜は差し出された相柳の左手に乗り、安全な場所まで投げてもらうと共に自分でも跳躍し無事着地。
次に真麻は手元から札を取り出し、それを空中に投げる事で自分と友人を守る障壁を作った。
更にウェラは真麻の障壁の中で法術の詠唱を始める。
続いて相柳は真麻の張った障壁を踏み台にして、一時的に防御されている甲虫の拳を掴み、それを右腕のみで投げ返す。
テンジクツブシはまさか自分の拳が止められ、その上自分よりはるかにちっぽけなわけの判らない奴に投げ返されるなど無論想定外。
バランスを崩しかけたがなんとか体制を立て直す。
その光景を見て、黄龍は再び相柳に念話を送った。
‘次は如何すべきだ?’
‘一先ず部長の炎熱系法術で撹乱させましたから、次は奴の「移動」をどうにか出来れば’
‘それに最適の部員は?’
‘ウェラでしょうかねぇ’
‘理由は?’
‘奴は流水系法術が使えた筈です。2年のこの時期で習う流水系には確か奴の移動を封じるのに適切なものが有った筈ですから’
僅か3秒にも満たない対話の後、相柳は念話の相手を黄龍からウェラに代えた。
‘ウェラよ、「例のアレ」は使えるか?’
‘愚問だな。何なら「例のアレ」の進化系でも見せてやろうか?’
‘いや、残念ながらその必要性は無い。要は蟲の脚8本が全て「動かなくなれば」良い’
‘了解した’
―
この世界に住む住民は産まれ付き「念話」という法術を使用できる。
使用出来ない者は習ったり、人為的に出来るようにする事が義務付けられている。
「念話」とはつまりテレパスの事で、言葉を用いず相手の脳に瞬時に自分の考えを送信する行為である。
これは普通に会話するより遙に時間をかけず多くの内容を特定の相手にのみ伝える事が出来るため非常に重宝される。(一般的には誰しも何らかの服作用があるためあまり使わないが)
特に慣れてくると普通に話せば20分かかる会話を10秒で済ませる事も出来るようになる。
冒頭の作戦指示も全て、念話で行われたと思っていただきたい。
―
「水術『河童の荒縄亀甲縛り』!」
ウェラが術名を叫ぶと、地面から勢い良く水柱が8本噴出した。
それらは次第に触手のように形状を変えると、テンジクツブシの脚から背中を亀甲縛りの型で拘束した。
「VYGYGYGッ!」
テンジクツブシは自らの脚を拘束され、身動きが取れなくなった。
相柳は空かさずジョーカーに念話を送った。
‘副部長、今です。奴の脚、胴体に近い関節が見えますか?’
‘そいつを打った斬れば良いんだな?’
‘流石ですな。お察しが早い。右半分だけで結構ですから’
‘合点だッ!’
タンッ!
ジョーカーは瞬動により素早く前に跳んだ。
そしてテンジクツブシがそれに反応し、強酸を放つ前に彼はその右前足に乗る。
刃の根元を右前足の間接に当て、木工用鋸を引くようにして切り裂くと共に、蟲がバランスを崩す一歩手前で次の脚へと移った。
ガゴォ〜…ン
次の瞬間、テンジクツブシの右前足は地面に落ちる。
直後、ウェラは「河童の荒縄亀甲縛り」を解除した。
テンジクツブシはバランスを崩しそうになるも、どうにか持ち堪える。
更に調子に乗ったジョーカーは、素早い滞空連撃により残る節足3本をいとも簡単に切り落とした。
低く鈍い音を立てて地面に落ちる黒く細長い3本の物体。
甲虫は当然バランスを崩し、倒れると同時に地面に歪な蜘蛛の巣を作った。
「NGOッ…NGOGOッ…NGOAAAAAA!!」
苛立ったテンジクツブシは暴れ出し、校庭は荒れ放題であった。
「部長……まさかとは思いますけど、これ全部ウチの部が負担するんですかね?」
真麻はそんな心配をする。
メイド部の部費は一般的な部活動と同じく、部員からの徴収及び学校側から支給される額に加えて、依頼達成の「報酬」がある。
よってメイド部には恐ろしい額の金が有るが、正直こんな被害状況では部費が半減するかもしれない。
真麻はその事を心配していた。
いや、半減だけならいい。本来この時間帯に校庭を使う予定だった生徒達に慰謝料なんて請求されたらそれこそ激減は免れないだろう。
保護者がモンスターペアレントなんかだと尚更だ。
しかし黄龍は、
「大丈夫だろ、この部活、創設以来生徒会とはけっこう密接で弱点とか一方的に知ってるし。
もしもの事があれば相柳出すし、校長とか政府に頼めば良かろ」
更に相柳が、
「例え今の校長が代わろうと、生徒会が丸ごと代わろうと、法的に色々無効になっても大丈夫」
「何で?」
と、美桜が聞く。
「創始者の一人が契約書に解除不可能の呪法かけたらしいです。
発動者が成仏或いは転生しない限り無効にならない強力な奴を」
―
この世界には、冥府というものが存在している。
死んだ生物は、肉体を離脱した魂魄の状態で大きく分けて二つの道を通る。
一に辺獄行き。
これは、特に目立った悪行は無いが特に目立った善行も無い者が進む道である。
辺獄とは現世と大して変わらず、動植物も全て霊体である。大抵一般的な亡者は辺獄で転生或いは成仏を待つこととなる。
二に奈落行き。
これは、犯罪者や犯罪に等しい罪を持った者が強制的に送られる道である。
奈落とはキリスト教圏における地獄に似た「収容空間」と、現在の裁判所に似た「審判空間」が存在する。
「収容空間」は、心身腐った連中が騙し合い、恨み合いながら彷徨っており、「審判空間」では、其処を統括する上位霊体が裁判を行い、判決によって様々な罰が与えられる。
先程相柳は契約書の呪法(特殊な法術)は「発動者=メイド部創始者が成仏或いは転生しない限り解けない」と言ったが、メイド部創始者の一人は冥府の法を掻い潜って辺獄管理者の地位を得て、輪廻と無縁となり辺獄に永住している。
ちなみに特殊な許可或いは資格が有ると現世と冥府を自由に行き来出来る。
―
「…創始者の一人って、おっとりはらぺこ巨乳美女の西寺霊美さん?」
とは真麻が言う。
「真麻よ、御前創始者を言い表すのにしちゃその単語羅列は酷くないか?」
とはウェラが言う。
「心配すんな。本人がマジでそう名乗ってたから」
とはジョーカーが言う。
「あのおっぱいは凄かったぁ…て、あの人呪法やっちゃう人!?」
とは美桜が言う。
「いや、実際に呪法を発動させたのはその親友で魔人の八雲帝嬢だ。
西行嬢の名義で発動したってだけさ。
ちなみに彼女は学園創設者の孫でもある」
とは黄龍が言う。
「パルンズは今にも増して奇抜な連中が揃ってますからね。
吸血鬼差別撲滅の為に動き出した紅蓮レスター氏。
世界保健機関のドンたる大塚永子嬢。
クリスチャンにして歴代最強クラスのジークフリート機関員たるアーノルド・アンダーソン氏。
世界法術協会第15代会長のアニー・クロウリー嬢。
浮遊術と攻撃系法術のカリスマ、桐ヶ谷流星氏。
その他にも色々居ますから。
まぁ俺が言えた事じゃありませんが」
とは相柳が言う。
というか皆さん、無駄話してる間にテンジクツブシが引っ繰り返って強酸連発してますけど!!
「何!?ご報告どうもありがとうナレーション殿」
いえいえどうぞお気になさらず。
さてさて、気を取り直して行くとしようか。
本当は今回で宴会の予定だったのだが、面倒なので此処で投稿させて頂く。
多分これが今年最後の投稿であろう。
引っ繰り返ったテンジクツブシの強酸を避けたり打ち消しながら、部員達は黄龍の最後の指示によって動き出した。
その指示とは、
‘部員は心せよ。かの術式を放つ時が来た’
この一言であった。
普通の節足動物は陸上に於いて下手に巨大化が出来ないが、こいつ等は節足動物としての欠点を解消し、今やあらゆる生物を凌ぐ最強の生物群と言っても過言ではない程に昇格している。
そもそも節足動物が陸上に於いて巨大化出来ない理由は複数ある。
まず1つに、連中には脊椎動物の様な内骨格が無く、体の外皮がそのまま骨格の役割を果たしている。蟹のアレは鎧というだけではないのだ。
そういうわけだから、陸上の節足動物が巨大化するにはこの外皮―外骨格を強固にする必要性がある。さもなくば重力に勝てず潰れてしまうからだ。
しかしこの外骨格にも限界は存在する。
外骨格―別名「クチクラ層」は確かに、深海の水圧にも耐える程強固なのだが、それでも強度には限界というものがあり、巨大化するにつれて外骨格は次第に厚くなっていく。
地上で節足動物が人間を上回るまでの大きさになると、薄ければ潰れてしまうし、逆に厚ければ強度は問題ないが、主の五臓六腑―内臓器官を格納するスペースは小さく、狭くなる。
内臓器官が小さいという事は、つまり少食で一度に大きな呼吸ができないという事であり、つまり巨体を維持するだけのエネルギーが得られないという事になる。第一体重が重くなってしまい、動けない。
ある学者の話では、全長1cmの蜘蛛を牛サイズにするだけで既に立つのが精一杯の、動けないナンセンスな存在になってしまうというのだから相当だ。
これらの欠点を、連中自身ではなく環境的条件によって解決するという手段もある。気温・湿度と大気中の酸素濃度が現在より上がれば良いのだ。気温・湿度は熱帯雨林程度、酸素濃度は30%もあると条件が満たされた事になる。
現にこれらの条件が満たされた嘗ての地球では、マムシ超えのヤスデ、猫超えの蠍、サギ越えのトンボ等が跋扈していた事があった。
しかし、こういった環境が長く続くわけも無いので後にこれらの種は絶滅し、昆虫類は一度小型化の道を歩むのだが、ある一時期を境に、何かの法力が作用したのか内骨格を持ち異様に巨大化した節足動物が出現する。その子孫が脊椎節足類である。
元々節足動物が飛竜や魔獣類に匹敵する文明の脅威にならなかった理由は単純に「小さいから」だけであり、小さくとも文明の脅威となる節足動物は無数に存在する。
捕食性の蟲が巨大化するということは、つまりそれらの餌も蟲に併せて巨大化するという事だ。
要は脅威以外の何物でもない。
だからこそ馬鹿ではない国連は脊椎節足類への対策を発案した。時代が進むにつれて世界各国の学者により分類が成され、それを狩る専門のハンターまで正規の職業として認定を受け、訓練施設まで出来る始末。東都総合大学付属高校にも『蠱類狩猟科』という学科があり、授業は戦闘訓練と生物学が中心である。(その上、知識系と肉体系と両立系の3つのコースがある)
学術的分類ではないが、ハンターやマニアの間では住処によって「地上種(地上に住む)」「空圏種(高い飛行能力を持つ)」「水圏種(水棲。大形が多い)」「地中種(地中に住む種)」「管状種(単純な肉体構造)」という分類がされている。
さて、現在黄龍達が対峙しているのは、ハンターの間では地上種に分類される大形肉食脊椎昆虫・テンジクツブシ(ハンターやマニアによる通称。学名はキシンシニクアサリで性別は雄)である。
『西遊記』にて語られる仏の中枢・天竺にさえ力尽きる事無く辿り付き、無差別な破壊活動と殺戮の限りを尽くしものの半日で残骸の山にしてしまう程に恐ろしげな外見と戦闘能力から、とある百戦錬磨の中国人ハンターにより名付けられた、その異名。
それが物語るのは、圧倒的な破滅以外の何物でもなかった。
黄龍から語られた作戦。
それを実行する為、それぞれが適切な位置に移る。
テンジクツブシは表情無く、メイド部は表情辛く。
両者、一行に動く気配はない。
否、両者ではない。動く気配が無いのはテンジクツブシの方だ。
メイド部一行は、動く気配がないのではない。動けないのだ。
黄龍は蟲をじっくり見たことなんて殆ど無かった。
小さい頃は野外で遊んだので虫も見てきたが、じっくり見るなんて事はしなかったし、小学校の頃両親と雑木林まで行って取ってきたオオクワガタだって、その頃は只格好良いとしか思っておらず、観察する事などまるで無かった。
他の部員達も、指揮官である黄龍が動かない事には動きようが無い。
つまり、全てはテンジクツブシ次第という訳。敵に期待するなどどうかと思うかもしれないが、一歩間違えば死ぬ戦いだ。
決して油断は出来ない。
既に部員以外全員が非難した中、2分の時が流れた…。
そして、次の瞬間。
グゴ…
テンジクツブシの右前足が、動いた。
それと同時に、刀を構えたまま動かなかったジョーカーが、跳ね上がる。
「ッイア!」 タンッ!
ジョーカーは蟲の胸部に飛び乗り、頭へと全力で峰打ちを見舞った。
ガギィン!
弾かれた。しかし、これは予想通り。だからこそ峰打ちにしておいたのだ。こんなに硬い外皮に斬撃を放っても、ただ刃が劣化するだけだからだ。
剣術に優れ、海外で剣術や殺陣を教える父に、幼い頃から真剣を握らされていたジョーカーだからこそ、その事は良く知っていた。
ゲームで自分の剣が弾かれる事はあったが、まさかこんなにも自分の手に跳ね返りが有るなどとは思っても見なかった。
「(く…こいつぁ結構キツいな。挑発すりゃ良いんだからもう少し加減しときゃ良かったぜ…)」
ジョーカーがそんなことを思っていると、期待通りの結果がやって来た。
「VOAa?」
テンジクツブシの、驚愕と苛立ちの交じり合った呻き声が聞こえて来たのだ。
大きなダメージこそ無かったものの、やはり頭を金属で叩かれるのは不快らしい。
しかし地中行動に特化したテンジクツブシの脚では背中のジョーカーを払えない。これは相当腹が立つだろう。
特に、今戦っているこいつは普通のテンジクツブシではない。その頭脳は既にテンジクツブシな訳が無いのだ。
何せコイツは既に死んでいて、ただ頭上に咲く真紅の花に操られているだけなのだから。
そう、その頭脳はすでに憑依樹のそれなのだ。憑依樹の頭脳は人間やそれと同等の種族に匹敵する。
つまり、こいつが自分の頭をぶっ叩いたジョーカーに対して抱く怒りと、それを払えない事に対する怒りは
我々のそれに、等しいのだ。
案の定テンジクツブシは怒り狂ったが、自分の間接では如何する事も出来ない。
それが更に、こいつの集中力を狂わせる。
「GOOOOGAAAAAAAA!!」
怒り狂ったテンジクツブシは身体を上下左右に激しく揺すってどうにかジョーカーを振り落とそうとする。
「うをッ!やべぇ!落ちッ…落ちる…!
てめーら、早くしろ!俺が死ぬ!」
何と自己中心的な発言であろうか。
しかし怒ってはいけない。これがジョーカーという男なのだ。
これでも法術剣士科での成績はトップだし、既に東総大進学と(問題が無く成績が余りにも悪くなければ)卒業後欧米の有名な対竜種部隊「ジークフリート」日本支部に配属される事まで決まっている。
「判っている!というか待て!
…炎術『大隊発火』!!」
シュゴォアァッ!
黄龍の突き出した平手から勢い良く火炎が吹き出る。
それはテンジクツブシの顔面に直撃した。
幸いジョーカーは急いでその背から飛び降りて無事だった。
「NVOOOOOOO!!!」
黒い甲虫の全身は勢い良く燃え上がった。
宛ら全長20mの火達磨といったところか。大した捻りも無く申し訳ない。
「殺(と)った!」
そう叫んだのは美桜であった。しかし、
「いや、殺ってねぇ」
そう言ったのは相柳。
どちらの発現が正しいのか?
それは時間が照明してくれた。
炎は時間と共に弱まっていき、そこにあったのは何の変化も無くただ生き続けるテンジクツブシの姿であった。
「嘘ぉぉぉぉぉっ!?部長の攻撃系参号術式中最強の『大隊発火』でも焼けてないってどんだけ頑丈なのよ!?」
とは真麻。
「それどころか焦げ目一つ付いてないとか反則だろ?」
とはウェラ。
「そーちゃん、これってばどういう事!?」
とは美桜。
するとその美桜の問いに答えるように、
「そりゃそうだ。
こいつの甲殻は凄まじい強度と美しい外観を併せ持つが故、如何なる状態であっても市場相場は最低でも15万円程度。傷だらけでも1万円、破片や粒子の1つすら5000円を超える。
その上密封すれば摂氏5700度とか太陽の表面にも匹敵する高温も、この世の最低気温である-273.5度も通さない。放射能なんてのも持っての他で、加工は国連特秘の法術或いは特殊な工作機械によって行われるためこれを加工できる技術者は早々居ない。
装飾品や武器・防具としては勿論、建造物や工業用の機械類にもなり、多くの車両にも使われている。
戦車・戦闘機・戦艦・装甲車等、先進国の軍用機体ではあの外皮を装甲にしたものがかなり出回ってるんだぞ?
テレビCMでもよくやってねぇか?
テンジクツブシの甲殻4枚で正四面体作ってそん中に金魚の入った金魚鉢入れたら完全密封。
溶鉱炉ン中3分沈めたりマグロ用冷蔵庫に10分間放置したりするアレ」
とは相柳。
「あー、自動車会社のナンバがよくやってるアレね」
「そこまで凄いというのに絶滅しないとは…それだけ強いという事か…」
「よくわからん」
「俺、所属蠱類狩猟科の両立コースだから」
「「「へー」」」
「「いいからテメェ等さっさと戦え!」」
「「「「はーい」」」」
放置されたのが相当頭に着たのか、テンジクツブシは勢い良く前足で雑談していた4人に殴りかかる。
しかしそれに早々と気付いた各自の行動は適切なものであった。
まず美桜は差し出された相柳の左手に乗り、安全な場所まで投げてもらうと共に自分でも跳躍し無事着地。
次に真麻は手元から札を取り出し、それを空中に投げる事で自分と友人を守る障壁を作った。
更にウェラは真麻の障壁の中で法術の詠唱を始める。
続いて相柳は真麻の張った障壁を踏み台にして、一時的に防御されている甲虫の拳を掴み、それを右腕のみで投げ返す。
テンジクツブシはまさか自分の拳が止められ、その上自分よりはるかにちっぽけなわけの判らない奴に投げ返されるなど無論想定外。
バランスを崩しかけたがなんとか体制を立て直す。
その光景を見て、黄龍は再び相柳に念話を送った。
‘次は如何すべきだ?’
‘一先ず部長の炎熱系法術で撹乱させましたから、次は奴の「移動」をどうにか出来れば’
‘それに最適の部員は?’
‘ウェラでしょうかねぇ’
‘理由は?’
‘奴は流水系法術が使えた筈です。2年のこの時期で習う流水系には確か奴の移動を封じるのに適切なものが有った筈ですから’
僅か3秒にも満たない対話の後、相柳は念話の相手を黄龍からウェラに代えた。
‘ウェラよ、「例のアレ」は使えるか?’
‘愚問だな。何なら「例のアレ」の進化系でも見せてやろうか?’
‘いや、残念ながらその必要性は無い。要は蟲の脚8本が全て「動かなくなれば」良い’
‘了解した’
―
この世界に住む住民は産まれ付き「念話」という法術を使用できる。
使用出来ない者は習ったり、人為的に出来るようにする事が義務付けられている。
「念話」とはつまりテレパスの事で、言葉を用いず相手の脳に瞬時に自分の考えを送信する行為である。
これは普通に会話するより遙に時間をかけず多くの内容を特定の相手にのみ伝える事が出来るため非常に重宝される。(一般的には誰しも何らかの服作用があるためあまり使わないが)
特に慣れてくると普通に話せば20分かかる会話を10秒で済ませる事も出来るようになる。
冒頭の作戦指示も全て、念話で行われたと思っていただきたい。
―
「水術『河童の荒縄亀甲縛り』!」
ウェラが術名を叫ぶと、地面から勢い良く水柱が8本噴出した。
それらは次第に触手のように形状を変えると、テンジクツブシの脚から背中を亀甲縛りの型で拘束した。
「VYGYGYGッ!」
テンジクツブシは自らの脚を拘束され、身動きが取れなくなった。
相柳は空かさずジョーカーに念話を送った。
‘副部長、今です。奴の脚、胴体に近い関節が見えますか?’
‘そいつを打った斬れば良いんだな?’
‘流石ですな。お察しが早い。右半分だけで結構ですから’
‘合点だッ!’
タンッ!
ジョーカーは瞬動により素早く前に跳んだ。
そしてテンジクツブシがそれに反応し、強酸を放つ前に彼はその右前足に乗る。
刃の根元を右前足の間接に当て、木工用鋸を引くようにして切り裂くと共に、蟲がバランスを崩す一歩手前で次の脚へと移った。
ガゴォ〜…ン
次の瞬間、テンジクツブシの右前足は地面に落ちる。
直後、ウェラは「河童の荒縄亀甲縛り」を解除した。
テンジクツブシはバランスを崩しそうになるも、どうにか持ち堪える。
更に調子に乗ったジョーカーは、素早い滞空連撃により残る節足3本をいとも簡単に切り落とした。
低く鈍い音を立てて地面に落ちる黒く細長い3本の物体。
甲虫は当然バランスを崩し、倒れると同時に地面に歪な蜘蛛の巣を作った。
「NGOッ…NGOGOッ…NGOAAAAAA!!」
苛立ったテンジクツブシは暴れ出し、校庭は荒れ放題であった。
「部長……まさかとは思いますけど、これ全部ウチの部が負担するんですかね?」
真麻はそんな心配をする。
メイド部の部費は一般的な部活動と同じく、部員からの徴収及び学校側から支給される額に加えて、依頼達成の「報酬」がある。
よってメイド部には恐ろしい額の金が有るが、正直こんな被害状況では部費が半減するかもしれない。
真麻はその事を心配していた。
いや、半減だけならいい。本来この時間帯に校庭を使う予定だった生徒達に慰謝料なんて請求されたらそれこそ激減は免れないだろう。
保護者がモンスターペアレントなんかだと尚更だ。
しかし黄龍は、
「大丈夫だろ、この部活、創設以来生徒会とはけっこう密接で弱点とか一方的に知ってるし。
もしもの事があれば相柳出すし、校長とか政府に頼めば良かろ」
更に相柳が、
「例え今の校長が代わろうと、生徒会が丸ごと代わろうと、法的に色々無効になっても大丈夫」
「何で?」
と、美桜が聞く。
「創始者の一人が契約書に解除不可能の呪法かけたらしいです。
発動者が成仏或いは転生しない限り無効にならない強力な奴を」
―
この世界には、冥府というものが存在している。
死んだ生物は、肉体を離脱した魂魄の状態で大きく分けて二つの道を通る。
一に辺獄行き。
これは、特に目立った悪行は無いが特に目立った善行も無い者が進む道である。
辺獄とは現世と大して変わらず、動植物も全て霊体である。大抵一般的な亡者は辺獄で転生或いは成仏を待つこととなる。
二に奈落行き。
これは、犯罪者や犯罪に等しい罪を持った者が強制的に送られる道である。
奈落とはキリスト教圏における地獄に似た「収容空間」と、現在の裁判所に似た「審判空間」が存在する。
「収容空間」は、心身腐った連中が騙し合い、恨み合いながら彷徨っており、「審判空間」では、其処を統括する上位霊体が裁判を行い、判決によって様々な罰が与えられる。
先程相柳は契約書の呪法(特殊な法術)は「発動者=メイド部創始者が成仏或いは転生しない限り解けない」と言ったが、メイド部創始者の一人は冥府の法を掻い潜って辺獄管理者の地位を得て、輪廻と無縁となり辺獄に永住している。
ちなみに特殊な許可或いは資格が有ると現世と冥府を自由に行き来出来る。
―
「…創始者の一人って、おっとりはらぺこ巨乳美女の西寺霊美さん?」
とは真麻が言う。
「真麻よ、御前創始者を言い表すのにしちゃその単語羅列は酷くないか?」
とはウェラが言う。
「心配すんな。本人がマジでそう名乗ってたから」
とはジョーカーが言う。
「あのおっぱいは凄かったぁ…て、あの人呪法やっちゃう人!?」
とは美桜が言う。
「いや、実際に呪法を発動させたのはその親友で魔人の八雲帝嬢だ。
西行嬢の名義で発動したってだけさ。
ちなみに彼女は学園創設者の孫でもある」
とは黄龍が言う。
「パルンズは今にも増して奇抜な連中が揃ってますからね。
吸血鬼差別撲滅の為に動き出した紅蓮レスター氏。
世界保健機関のドンたる大塚永子嬢。
クリスチャンにして歴代最強クラスのジークフリート機関員たるアーノルド・アンダーソン氏。
世界法術協会第15代会長のアニー・クロウリー嬢。
浮遊術と攻撃系法術のカリスマ、桐ヶ谷流星氏。
その他にも色々居ますから。
まぁ俺が言えた事じゃありませんが」
とは相柳が言う。
というか皆さん、無駄話してる間にテンジクツブシが引っ繰り返って強酸連発してますけど!!
「何!?ご報告どうもありがとうナレーション殿」
いえいえどうぞお気になさらず。
さてさて、気を取り直して行くとしようか。
本当は今回で宴会の予定だったのだが、面倒なので此処で投稿させて頂く。
多分これが今年最後の投稿であろう。
引っ繰り返ったテンジクツブシの強酸を避けたり打ち消しながら、部員達は黄龍の最後の指示によって動き出した。
その指示とは、
‘部員は心せよ。かの術式を放つ時が来た’
この一言であった。
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